冬でも温暖な気候、柑橘類の栽培が盛んで「みかんの島」
と呼ばれ、歴史的にもハワイとの関係があります。
自分が松山から乗ってきた防予フェリーが柳井に向かって
進んでいきます。暫くはその風景をボ~と眺めていました
2019年10月に訪れた際には「PS-1飛行艇」が展示されて
いたのですが、看板によると令和3年11月に老朽化の為に
解体された様だ。 現存している最後の1機と後継機の
US-2は これから訪れる岩国基地にあると聞きます。
※画像はウッドマンクラブさんのHPより
昭和18年に柱島泊地で謎の爆発を起こし、間もなく沈没
しました。 艦長以下1121名の将兵が悲運にも艦と運命を
共にし、現在は命日に懇ろな慰霊祭が行われています。
しており、内124名が亡くなりました。土浦海軍航空隊に
同期入隊した585名の内 終戦時には2/3にあたる361名が
散華した事により遺族等が「若鷹の碑」を建立しました
分けられますが、現在もロシアのウクライナ侵攻は継続
しており、戦争行為は人類種の宿痾なのかもしれません。
これらの戦争遺物を見て感じるのは、自分自身の無力感
ですね。時代の流れには個人は抗う事はできないのかな
透き通るような海の色を見ながら、海に散った人達の事に
思いを馳せます。願う事なら同じ事が起きませんように。